日本共産党新座市議会議員団
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にいざ民報

2005.8.7  No.1125
日本共産党新座市委員会
つなげようこころとこころ 世代も時代も国境も越えて
第三回ピースフェスティバル
 「〜つなげよう 心と心 世代も時代も国境も越えて〜」をテーマに第三回ピースフェスティバルが7月31日新座市民会館で行われ、約600人の市民、子どもたちが合唱や踊りに平和の大切さを堪能しました。

 出演は多彩な面々。パワーあふれるショー・子ども達のタマーズ、しっとりと語りかける山本さとしのギター、澄んだ歌声の新座少年少女合唱団やコーラス横丁、SORA、みんなの夢音楽隊の合唱に惜しみない大きな拍手。世相をバッサリ切る松元ヒロのコントに会場は爆笑の渦でした。感想が寄せられたのでご紹介します。

平和の種をたくさんまこう

 「戦争はいやだ」「平和な世界にしたい」出演者も観客もこの思いによって一つに結ばれた3時間でした。真剣なまなざしで歌う新座少年少女合唱団の子ども達の澄み切った歌声を聞いていると、この子ども達を「戦争しか知らない子ども達」にしてはいけないと思いました。

 フェスティバルの前日に「9条の会・有明講演会」に行きました。大江健三郎さんは講演の中で米国の詩人ゲイリー・シュナイダーの『求めるならば変化はくる しかし 決して君の知らなかった仕方で』という詩を引用し、私達古い世代の知らなかった形でこの国に変化があるようにと結ばれました。

 「さとうきび畑」や「折鶴」を歌った子ども達が今日の日を忘れないで、私達古い世代が撒いた種を私たちの知らなかった形で美しい花に変えてくれることを念じて、沢山の種をまこうと決心させられたフェスティバルでした。

(境野・団地)
桜井はる子・志木市議 衆議院4区出馬へ
 日本共産党埼玉県委員会は7月1日、次期衆議院小選挙区(朝霞市、志木市、和光市、新座市)候補に、志木市議の桜井はるこ氏(48)=新=の擁立を発表しました。

 桜井氏は「市議として住民自治を守ることに力を注いできた。国政の場で地方自治を守る仕事に直接関わることができれば」と力強く決意を表明しました。
桜井はるこ 桜井はるこ(48歳)=新=
《略歴》
1956年長崎県生まれ。東京純心女子短大卒。
現志木市議(4期)
「9条の会」の一周年記念講演
有明コロシアムに9500人
「9条の会」一周年記念講演に9500人
 「9条の会」講演会が7月30日東京有明コロシアムで開かれ、栄・池田地域から多くの人が参加しました。

 講演会には三木睦子さん、哲学者の鶴見俊輔さん、作家の小田実さん、憲法学者の奥平康弘さん、ノーベル賞作家の大江健三郎さん、劇作家の井上ひさしさんが講演し、作家の澤地久枝さんもビデオで出演しました。

 事務局の発表では「9条の会」は昨年6月の結成以来、全国9カ所で講演会が開かれ、延べ2万7400人が参加。地域や職場ごとに3026もの「9条の会」ができたとのことです。

 奥平康弘さんは自民党などが「戦力を保持しない」と定めた憲法9条2項の改悪の動きに「1項の平和主義は残ると言う人がいるが、2項のない1項はもぬけの殻」と訴え、井上ひさしさんは「あの戦争は正しかった。あの時代は素晴らしかった」という人がいるが昭和20年の男性の平均寿命はたった23.7歳だった。日本の起こした戦争の悲惨さを紹介し、憲法9条を守る大切さを呼びかけました。

 会場には「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権はこれを認めない」と憲法9条の唱和が響き渡り、参加した仲間たちは「勇気をもらった」「元気がでた」とこれからの「9条の会」作りと運動について話がはずんでいました。

(松田・池田在住)
「生かそう教育基本法」の学習会に参加して
 7月30日(土)に新座市職員労働組合主催の「生かそう教育基本法」の学習会に参加しました。

 講師の藤田昌士先生(元立教大学教授)のお話から、1947年に公布施行された教育基本法が、それまでの日本に君臨していた教育勅語に代わって、新しい日本の教育理念・目的を宣言したもので、憲法と一体のものであり「教育基本法を変えることは憲法を変えることにつながる」ということが分かりました。

 「改正」を主張する側からは、今子どもに起きている問題は教育基本法が悪いからだという声が聞こえますが、今回の学習会で、子どもの状況を良くするためには、教育基本法を生かすことが必要なことだと感じました。

 「改正」の動きに不安や疑問を感じている人は多いと思います。これからも気軽に参加できる学習会をたくさん開いてほしいと強く思いました。

(Uさん・野火止在住)
7月になっても「現金が必要?」
遅れる乳幼児医療費「窓口払い撤廃」
 乳幼児を持った市民が待ちに待った「窓口払い撤廃」ですが、7月になっても現金を要求され話が違うとの苦情を頂き調査をしました。 その結果、朝霞台中央病院など大病院が窓口払い撤廃に応じないこと、都内病院には話がまだいっていない状態で、事務手続きが大変遅れていることが分かりました。

 担当課の話によると、「窓口払い撤廃のお願いは3月議会可決後、まず市内の医師会・歯科医師会加盟の医院から始めたが、毎月一万件もの通常の診療報酬の業務をしながらの仕事なので職員二人ではとても追いつかない。医師会未加入の病院は市民の通院が多い順に個別協定をむすぶようにしているがまだ漏れがある。東京など市外の病院へのお願い、個別協定はこれからの段階。また、朝霞台中央病院は4市がやらないとやらない。志木中央病院は今年度の予算でコンピューターの設定ができず来年度から実施する」などのことが分かりました。

 窓口払い撤廃はお金の心配なく医療にかかれるし、病院にとっても不都合なことは無いはずです。

 大事な乳幼児の命に関わる窓口払い撤廃を多くの病院が実施できるよう市は必要な職員数を配置して手続きを急ぐべきです。
二度と戦争しない喜びあざやかに 戦後60周年
 8月15日が近づいてきた。私が小学校に入った年の12月8日に第二次大戦となり、寒風の中、日の丸の小旗を振って村中を仲間と小走りした。5年生の時、敗戦となり日本が占領されてどうなるのかという不安より、とにかく戦争が終わってほっとした。赤とんぼが群舞していた。新生中学校での三年間、初恋の胸を締め付けられるような想いと一緒に学んだ「新しい憲法のはなし」で二度と戦争をしないんだという喜びが70歳の今もあざやかによみがえる。

 沼田市にあった利根農業学校を卒業して、リンゴやサクランボを植えたこと位しか記憶がない兄は、招集され満州から転戦した後、硫黄島で玉砕したことになっている。戦死公報とともに届けられた白木の箱の中には髪の毛と爪しか入っていなかった。畑仕事から昼休みに帰った時にそれを見て飯が喉を通らなかったことは今も忘れられない。国会や都庁にいる靖国の亡霊を許さず、9条を命がけで守りぬくことが、広島、長崎、焼津、沖縄と手を結ぶことになると確信している。

(投稿・須田英喜・野寺)
住民が動かす「まちの未来」
「住民の利益守る」地方自治体の原点
 7月22日から24日まで金沢市で行われた自治体学校では「入門・わかりやすく学ぶ現代地方自治」の分科会(宮下和裕・福岡研究所)に参加し、学んできました。

 まず原点に立ち返り「日本国憲法の三原則」(国民主権、恒久平和、基本的人権)を支える土台として地方自治があり、まともな地方自治が無ければ憲法の三原則も「絵にかいたモチ」になることが強調されました。 

 「地方自治法には団体自治と住民自治が謳われ自治体の『条例制定権の拡大』は戦後の地方自治の強化の実質的な内容であった」と話されました。住民の自治意識の高揚により地方で作られた「公害防止条例」は国の法律に結実し、「売春防止法」も大阪の自治体の運動が国を動かしたそうです。

原発NOを突きつけた巻町の住民パワー

 実例として新潟県巻町の原発反対運動のドキュメンタリーの映像が紹介されました。92年原発推進派の町長が当選したが、町は東北電力の原発建設反対の住民運動が起こっており、町議会でも反対派が賛成派を12人対11人で上回った。町長は議会の切り崩しを行い議会の力関係が変わったが住民は1歩も引かず、その後の町長選挙で「住民投票をおこなう」町長が当選。98年8月住民投票がおこなわれ賛成派の巻き返しが繰り返されるなか、反対多数で誘致NOの結果を出した。自分たちで考え参加していくうちに民主主義が鍛えられていく姿がリアルです。「国のエネルギー政策だが住民の意志を無視して原発誘致は強行できない、町の未来は住民が決める、住民が主人公とはどういうことかを学んでほしい」と講師は語りました。

住むことが誇りになるまち目指す・「ニセコ町のまちづくり条例」

 また、北海道の4500人のニセコ町の「まちづくり条例」は有名ですが、NHKが3回に亙って放映した中の1回目のものを見ることができました。

 「住むことが誇りに思えるまちをめざします。」として、1住民の視点で考え行動する。2自治体は誰のためにあるのか。3行政の下請け機関ではない。4自治のシステムは不変「自由に意見が言える土壌」と言っています。市長は「まちづくり条例があるからといって住民の日常生活が変わるわけではない」でも住民が「まちづくりに参加したい」と思った時にこの条例が効力を発揮するわけです。と語っていました。

地方自治のますます強化を

 1999年の「地方分権一括法」の成立は、新自由主義にもとづく国家改造、規制緩和、自治体の市場化、広域化、下部組織化、道州制への暴走です。自治体が住民の利益を守る原点に立つ、住民のための自治体作りとは何かについて多くのことを学べました。

(第37回自治体学校にて・保坂市議記)
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